アーバンライクの先輩社員
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- 施工管理課
夢を追うように、ボールを追いかけた日々
初めまして、出上と言います。私は、小学校の頃から、サッカーと向き合って過ごしてきました。
「強くなりたい。」その一心で、高校の時は、練習に没頭できるように地元を離れ親元を離れ、自分の可能性に挑戦してきました。普通の高校生とは少し違った生活だったかもしれませんが、この環境に身を置いたことで「親のありがたみ」や「スポーツができる環境のありがたさ」を早いうちから感じることができたり、「新しい環境への順応力」も身についたように思います。
厳しい練習環境、伸び悩む自分の実力、自分のやりたいことと求められることのギャップに心がついていけない時もありました。「辞めてしまおう」と思うことが何度もありましたが、チームメイトや監督に支えられて、次の一歩を踏み出す勇気と、仲間と一緒だからこそ出せる力を経験することができました。
「諦めたらそこで試合終了ですよ。」スラムダンクで有名なセリフですが、今ではこの言葉が大好きになっています。
諦めた自分への後悔と再スタートの運命
高校卒業後、機械系の専門学校に進学しました。サッカーと言う目標がなくなった人生にやる気も無くし、ついには1年で学校も辞めてしまいました。人生で最も「やる気のない期間」が、1年ほど続きました。
そんな時、父親の繋がりでこのアーバンライクを紹介いただきました。目標がない日々と砂漠のような潤いのない心の状態に、衝撃が走ったのを今でも覚えています。
「一粒の喜びの涙のために多くの汗を流す。」
当時の私に、「もう一度挑戦しよう」と言う気持ちにさせてくれた言葉でした。サッカーをガムシャラにやっていた時、練習は恐ろしいほどキツく、倒れる寸前まで毎日を過ごし、試合という場で全力を出し切る。
試合は、勝ち負けが出ます。その結果がどちらであれ、「一粒の喜びの涙のために多くの汗を流す。」という挑戦をしていたことを思い出しました。
「あの時の気持ちを、仕事で取り戻したい!また日本一を目指したい!」それが、私の入社動機です。
30歳までに、幼稚園・保育園事業で独立する
私は、学生時代に1ヶ月ほど、保育園のアルバイトをしたことがありました。
その時感じたのは、「子供たちの未来に携わる仕事って、いいなぁ。」でした。そのまま保育の道に進むという選択肢もあったのですが、「まだ世間を知らない。この思いが本物ならば、外から保育の業界を見て、改めて挑戦したい」と思い、今に至ります。
今の子どもたち、これから産まれてくる子たちによりよい環境を作る。そのための幼稚園・保育園を事業展開する。ただただ児童を預かるのではなく、幼少期からの「挑戦」をテーマとしたカリキュラムを作り、たい。これが私の「夢」です。
そんな中、福祉施設関連の新規事業「らしく事業」が始まりました。今後は保育関連にも広がっていくため、私の「個人の夢」と「アーバンライク」とが繋がり始めており、仕事を通じて「夢」実現の熱は、冷めるどころか高まっています。
高校時代も環境に恵まれました、今も本当に環境に恵まれています。ここに甘えず、思い切り努力して自分のモノにする。一度きりの人生を思い切り挑戦していきます。
「高卒の私が、日本一の保育園を経営する」。30歳の私は、今よりも何倍も人生楽しんでいると思います。
MESSAGE
どんなに勉強ができても、挨拶・御礼・謝罪の言えない人は社会では通用しません。
逆に、知識や経験がなくても、小さい頃には素直にできていた、挨拶・御礼・謝罪ができる人は、人として好かれます。
ということは、頭では分かっていても、だんだんそれができなくなってしまっている人が多いと思います。
恥ずかしいとか、めんどくさいとか。
私の社会人はこれで失敗しましたので、しくじりの参考になればと思います。
皆さんの就職活動が有意義になることを願っています。
少しでも興味を持ってもらえましたら、是非受けてみてください。
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アーバンライクの
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